峯岸信之の翡翠本 出版決定!
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    父の、山根基世さんのラジオ番組への手紙・写真、そして本人の日記を編集した本
    『カワセミからのラヴレター』が出版決定致しました拍手

    幻冬舎ルネッサンス社より3月27日・1900円にて発売予定です。

    ただ今編集作業真っ盛りです。(左から母、姉、幻冬舎ルネッサンスの編集部原山さん、前平編集長)


    ゲリラも編集会議にゲリラ参戦! 銃


    続報、乞うご期待日の出
    | 文学・歴史・アカデミック系 | 23:37 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
    茨城県石下町観光
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      ダブリンから65キロ位離れた、茨城県の石下(いしげ)町へ観光へ行って来ました。
      うちのご先祖様が、鎌倉時代末期にこの町の豊田氏へ嫁いで来たという歴史があるらしく、母がとても行きたいと言うので連れて来ました。

      写真は資料館を兼ねた復刻版豊田城です。実際はこんなでかい城では決してなかったと思います。名古屋城より高いらしいですから。まあ・・勢いでこの町が勝手に作ってしまったのでしょう(笑)。


      案内板がヨレヨレだなあ・・。そういえば石下町って今はもう無いんですよね。どこかと合併して常総市になったみたいです。看板に上から常総市って貼ってあるのがなんとも・・。

      なんで町と町が合併すると大抵味気無くてサブい名前になるんでしょうね?栃木にも、喜連川(きつれがわ)っていうとても良い名前の町があったんですけど、合併してさくら市になってしまいました。なんだよさくら市ってよ!?と思うのは僕だけではない筈です。

      そんな話はさておき、この城の中の資料館はとても面白かったです。元々歴史資料館とか民俗博物館みたいなのは大好きです。


      この町出身の詩人・作家、長塚節(ながつかたかし)の碑が入り口にあります。銅像もありました。
      『たらちねの母が釣りたる青蚊帳を・・』の句はとても有名かと思います。
      小説『土』も有名ですね。


      同じ石下町内にある東弘寺も行きました。とても古い(鎌倉時代?)薬師如来像があるそうです。見れませんでしたが。(豊田城の資料館にレプリカはありました)


      将門公苑というのもあってちょっとだけ寄りました。この辺は平将門の本拠地だったんですね。
      うちの先祖は更に辿って行くと、将門を討った藤原秀郷らしいので・・呪いとか少し気になりますが・・まあいいでしょう。歴史の本を深く読み解くと、将門は非常に魅力的な人物・武将ですね。

      碑の将門の顔は加藤剛さんを多分に意識しているのでしょう(笑)。
      | 文学・歴史・アカデミック系 | 23:54 | comments(5) | trackbacks(0) | - |
      5/3:薬師様のお祭り
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        5月の第一日曜日は、地元の薬師堂のお祭りです。今年も参加して来ました。

        本来はお釈迦様の誕生日を祝う潅仏会(旧暦の4月8日)なんですが・・まあそのへんはアバウトにというか、薬師様と一緒にお祝いしちゃおうという会です。

        多分何十年、いや百何十年も続いている所謂"講"の行事です。鹿島神社の講も一緒にやってます。

        母の手紙にもありました薬師堂というのは実はこれのことです。
         鎌倉時代後期頃にうちのご先祖様がうちの敷地内に建立し、江戸時代中期になんらかの理由でこの場所(うちから歩いて10分くらいの場所)に移転されたものと考察して間違いないものです。



        真ん中が薬師如来像、両脇が薬師様を守る十二神将像です。
        すげえ迫力!
         ROCKも太刀打ち出来ないような、歴史の、ヒストリーの荘厳さってヤツですか。

        県の重要文化財に指定されてもおかしくないものですね。


        薬師如来像


        十二神将像の左サイド。


        右サイド。

        仏像マニアの方にはたまんないと思うんですけどね。

         この講は、おじいちゃんの代は入会・活動せず、父の代では父の病気だとか色々あって途中から活動できず・・・しばらく講から離れてたんですよね。
         でもまあなんか、元々はうちの守り本尊でもあるし、偉大な歴史的な事物はやっぱリスペクトすべきじゃん?とか思ったんで、2年位前に僕が改めて入会し直したんですよ。

         年何回か、お堂の周りの草刈とか、別な場所にある鹿島神社様の掃除・草刈とか、まあ自分には大したことは出来ませんが、こういう会にお金を出して奉仕活動に参加すること自体にsomethingなんらかの意味があっかなぁと思っています。


        ただ心配なのはねえ・・この薬師堂の仏像様たち、多分年1回しかお堂開けないんでしょうけど・・結構埃かぶってボロボロになって来てるんですよねー。このままじゃそのうち駄目んなっちゃうんじゃないかなあと思うんですよ。
        何か上手い保存方法とかないものかと・・思いますねえ。


        何かいい知恵持ってらっしゃる方がいたらアドヴァイスお願いしたいですね。

        ピピピ





        | 文学・歴史・アカデミック系 | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        新井満さんからのお返事
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          その前に。。
          『峯岸信之の 休文の里に咲く花と翡翠の日記』更新しました。
          1993年6月分です。桜鳥



          ここから前回の続き。新井満さんから母への手紙です。

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          峯岸美代子 様

           お手紙と花梨水あめ、拝受いたしました。
           誠にありがとうございます。花梨はのどに良いと聞き、これまでも風邪を引いた後、のどがイガイガしたときに愛用していました。

          「千の風になって」の訳詩と作曲は、私が自然豊かな北海道、函館郊外にあります大沼という場所に滞在していたときに作りました。人間は自然と離れて生きていくことはできないと、感じることができる場所でした。高い木々を渡る風が見えたと思える場所でした。

          風になられたご主人様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

          御礼まで

          2009年4月5日

          新井満
          | 文学・歴史・アカデミック系 | 00:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          母から新井満さんへの手紙
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            うちの母が、作家・音楽家の新井満さんへ手紙を出したそうです。
            その手紙をどうしても掲載して欲しいとのことですので掲載します。

            かなりの長文ですみませんが。

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            拝啓

             春色のなごやかな季節、新井先生の多方面にわたるご活躍お喜び申し上げます。
             さて、見知らぬ者が突然のお手紙を差し上げる失礼をどうぞお許しくださいませ。私は、栃木県栃木市に在住する峯岸美代子(74歳)と申します。自筆にて差し上げねばならないところ、目が悪いため娘のワープロでの代筆にて、重ね重ね失礼いたします。
             実は、約5年前と思いますが、NHKラジオで先生の「千の風になって」のお話しと歌をお聞きしました。特に歌詞に強く心を惹かれ、早速「千の風になって」のCDを買わせていただきました。それには、次のような理由がございました。

             私の主人は48歳の時に肺繊維症という難病を発病しながらも、奇跡的に20年の年月をなんとか乗り越えて参りましたが、もうこの時は、在宅酸素療法となって数年経ち、徐々に病状も悪化しておりました。結婚して40数年となっていましたが、もう一緒にいられるのは、そう長くはないと思っていた矢先でもあり、遺された時にせめてこの詩のように思いたいと心に秘めておりました。

             病院に行く時にはこの曲をかけ、主人と二人で聴きました。平成17年9月、主人は病院で急逝いたしました。臨終に間に合わず、言葉をかわすことなく旅立ってしまいました。主人の遺言で自宅にてお別れの会を行い、その際に先生の「千の風になって」のCDをかけて送り出しました。遺骨は、やはり遺言通り、家を見下ろせる我家の山に埋葬しました。主人が亡くなる直前のことを思うととても辛かったのですが、主人は彼岸で元気になっていると自分に言い聞かせておりました。

             年が明けて平成18年3月の彼岸頃、知人の方が、主人公のアナグマが主人の人柄によく似ていると言って、一冊の絵本、スーザン・バーレイ作「わすれられないおくりもの」を贈っていただきました。本の内容の一つ一つが、主人と子ども達との思い出としてよみがえり、心が慰められましたので、主人に読んであげたくなり、毎朝読経の後に仏壇の前で読んでおりました。

             約二ヶ月位経った頃、本当にアナグマが家にやってきました。正確には入り込んで来ました。田舎暮らしですので、タヌキ、キツネ、鹿、イノシシ、クマ等様々な動物がやって来ますが、今までアナグマを見かけたことはなく、生前主人からも聞いたことがありませんでした。毎朝、アナグマの絵本を読んでいるところへ、本物のアナグマが現れたのですから、本当に驚きました。これは、もしかすると主人からのメッセージではないかと思いましたが、他人からみれば単なる偶然ともいえる事で、信じてもらうのも無理の話と、あまり他人には話しませんでした。


             それ以来私の目標は、沢山の冥土の土産話を持って、旅立ちたいということになりました。そのために、主人の生きた証として、趣味豊かであった主人が遺した写真(自宅裏の池に飛来したカワセミの写真)、エッセイ(NHKラジオ深夜便と山根基世の土曜ほっとタイムの月一回コーナーに提供し続けたカワセミ情報)、日記(苦節10年、人工崖からのカワセミの巣立ちの記録)の整理をして、主人が生前希望していたカワセミの写真文集を出版するために、娘に助けられながらここ2年程は、それに没頭しました。ようやく写真文集の原稿は一段落になったところです。

            (出版社のあてはありませんが)今は、主人の日記と一緒に暮らした田舎での生活をもとにした絵本、童話を娘と共に創ろうということになりました。こちらも全くの未経験な二人ですが、主にストーリーは私、文章化は娘ということでスタートしました。先ほどのアナグマ騒動(実は、このアナグマはちょっとした騒動を巻き起こして秋風と共にぷっつりと来なくなりました)を絵本にしてみたいと話し合っている中で、題名はどうしようかと娘に聞かれ、とっさに出た言葉は「風になったじいじ」でした。

             「風になったじいじ」そこでハッとしました。「千の風になって」あの詩は、死者から生者に向けている言葉だと気づきました。主人は、風になって私の絵本を聞いていた、そして、聞いていたよという証としてアナグマが風に誘われるようにやってきたと強く感じました。私は平凡な人間で、霊の存在も死者の言葉も感じることは出来ません。ですから「千の風」は、遺された者が死者にこうあって欲しいという願望で自分の心を癒すための詩だと思い込んでいました。しかし、この詩は、死者の想いを感じられる人々、生者と死者が交じり合っている中で暮らしている人々の間から生まれた詩であるということに気づきました。

             今まで確信が持てなかったアナグマの件が、はじめて主人からのメッセージだと信じられ、「千の風になって」と“アナグマがやって来たこと”が一つにつながったような気がし、この詩と歌に改めて感動しました。

             講談社より出版された先生の著書を最近読ませていただいた際に、"アニミズム"という言葉が目に留まりました。実は峯岸家は、約七百年前、祖先がこの地を四神相応の土地と認め、北の玄武に守護神として薬師堂を建立したのが始まりといわれております。現在は御堂(ミドー)という屋号だけが残されておりますが、薬師様はこの土地にずっといらっしゃると、気学の先生、お寺の住職様に言われ、欠かさず読経をしております。

            また、代々受け継がれた大変豊かな自然に恵まれており、この自然こそが、難病を抱えた主人と私の晩年の生活を豊かなものにしてくれました。今回のアナグマによる“小さな奇跡”は、このような背景が関係しているのではと思い、ある意味でのアニミズムではないかと勝手ながら解釈いたしました。おかげで、我が家の土地にいっそうの愛着と感謝の念を持つことができ、ますます山や山野草、カワセミ池やホタル池などの手入れに精を出すことができそうです。

             長々と書き連ねてしまい大変恐縮ではございますが、新井先生にどうしてもこの思いをお伝えしたく、またこのように思えたことに御礼を申しあげたく、お手紙を差し上げた次第でございます。ほんとうにありがとうございました。
            心ばかりの感謝の気持ちといたしまして、我家で採れた花梨の実で作りました“水あめ”をお送りさせていただきます。ご賞味いただければ幸いです。

             末筆ながら、新井先生のますますのご活躍、ご健闘をお祈り申し上げます。

                                                          敬具

                                                                  平成21年3月23日
                                                      峯岸美代子                                  

            新井満様

                                                                             追伸
            NHKラジオにて、“栃木のカワセミさん”としてリスナーから親しまれた主人を偲ぶホームページを息子が開いております。よろしければ、ご覧ください。
                  「翡翠の詩」 http://www.kingfisher-nobu.com/


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            後日、新井満さんからお返事を頂きました。
            それはまた次回日の出

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